踊るように暮らす

まいにち大人の夏休み。ときどき冒険。

人を信じられるようになるまで その⑧娘への気持ち

人を信じられるようになるまでシリーズ

その①メンターとの出会い

その②不信感の塊だと気づいたワケ

その③告白します、親のワーク未完でした

その④親のワーク父編 

その⑤親のワーク父編#2

その⑥親のワーク母編 

その⑦親のワーク母編#2

その⑧娘への気持ち←今ここ

 

 

シリーズが⑧に差し掛かりましたw

オチを決めずに書いています。

 

主題とずれてきた感は否めませんが、

赴くままに書いてみます。

 

 

私は、娘のことが心底好き。

もうホントに「可愛い」存在でしか、ない。

 

どのくらい好きかというと、

たとえ娘に自分が殺されようとも、

娘のことが好きだろう。

 

こんな感情が沸いてきたのは、

両親の、私に対する愛情を知ってから。

 

 

 

 

あさぎさんのテキストには、

こんな質問があります。

 

「もし、自分の娘が将来、離婚をしたり、多額の借金を背負う等をしたら

親のあなたはどう思いますか。」

(娘がいる人もいない人も想像してね)

 

この質問、同じクラスのみんなは総じて

 

「そんなことで親の私は動じない。」

「娘を応援するし、必要だったら助ける。」

 

って答えてたんですよ。

 

じゃあ・・・とあさぎさん。

次はテキストに載っていない、

こんな質問をしてきました。

 

「娘が、ある日突然『明日からイラ〇に行き、戦場カメラマンになる』と言い出したら?」

 

私の回答:

イ〇ク、ダメ、絶対!!!!

首輪をつけてでも、イラ〇に行かせないように監視をする!!

 

あさぎさん「なんで?」

 

私の気持ち:

(だって、死ぬよね?娘、99%死ぬよね?)

(原型を留めていないご遺体と対面とか、悲しすぎる・・・)

(そんな最期にするために、育てたわけじゃない・・・)

 

あさぎさん

「『これはさすがにダメ』の基準は、親によって違うのよ。」

 

 

つまり、私は

イラクに行くこと=アウトだと思っているが、

 

別の親にとっては

ゲームセンターに行くこと=アウト

 

だと思って子育てをしてきたと。

 

セーフとアウトの境界線は、

親の世界の広さ(体験してきたこと)による。

 

一重に子どもの幸せを思ってのこと。

 

イラクも、ゲームセンターも、

行ったら「子どもが不幸になる」と

親は信じてるため、反対をする。

 

 

ここで一つの矛盾が生じる。

冒頭の私の発言だ。

 

「娘に自分が殺されても良い」

と言った。

 

だが、

「娘には自殺同然のことをしてほしくない」

(=イラクに行かないでほしい)

とも言った。

 

かなり身勝手ではないだろうか?

 

同じ「人を殺す」なら

自殺行為でもよくないか?w

 

だが、身勝手なのが親なのだと思う。

開き直りw

 

神のような親はいない。

 

たとえ神が親だとしても、

子どもは幸せかどうかはわからない。

 

結局、親や環境がどうであれ、

子ども自身で幸せになるしかないのだろう。。

 

そう思うと、

良い意味で子育てに諦めがつく。

 

子育てが楽に感じる。

 

子どもがとーーっても愛おしくなってくる。

「大好き」の気持ちでいっぱいになる。

 

今日も子どもたちをいっぱいハグして

匂いをたくさんかいでw

眠りにつこう。

 

あー幸せだ♡

 

 
f:id:chizuru89:20180212213107j:image

パワー系の娘

 

 

続く・・・?